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AI時代に、なぜ「文体」が武器になるのか

AIが誰でも一瞬で「読みやすい文章」を書けるようになった。となると、逆に今、文章に求められているものは何だろう。

答えはたぶん、伝わりやすさじゃない。独創性だ。

伝わりやすいだけの文章は、もうAIが書ける。むしろAIの方がうまいかもしれない。誤字はないし、構成も整っているし、誰が読んでも一定水準で理解できる。でも、それは「誰が書いても同じ」文章でもある。

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松岡正剛の文体を見ればわかる

松岡正剛の文章を読むと、この違いがはっきりわかる。読みやすいかと言われると、正直そうでもない。むしろ癖が強く、時に難解ですらある。それでも読ませるのは、そこに「この人にしか書けない結びつけ方」があるからだ。

一見関係のなさそうな話題と話題が、彼の中でだけ成立する回路でつながっていく。その回路自体が文体になっている。読みやすさの代わりに、唯一無二の視点を差し出しているわけだ。

フレーズを格納し、つなぎ合わせ、文体にする

ここで思いついたのが、こんなセットだ。

  1. 格納
    日々思いついたフレーズやアイデアの断片を、ためておく
  2. 接続
    それらを、自分なりの回路でつなぎ合わせる
  3. 投稿
    文体として立ち上げたものを、ブログに出す

これは実は、「千夜千冊」的な蓄積型ブログの話ともつながっている。千夜千冊のような仕事は一朝一夕にはできないけれど、逆に言えば積み重ねれば誰でも到達できる可能性がある、という話だ。一つ一つのフレーズは小さくていい。それを自分にしかできない順番でつなぎ合わせていくことが、AIには(今のところ)代替できない部分だと思う。

「伝わりやすさ」を手放す勇気

もちろん、支離滅裂でいいという話ではない。ただ、「万人にとって分かりやすいかどうか」を最優先の基準にした瞬間、文章は誰が書いても同じものに近づいていく。

AIが台頭している今だからこそ、あえて自分にしか書けない結びつけ方、自分にしか出せない温度を残しておく。それが、これから文章を書く意味なんじゃないかと思う。

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このブログを運営している人

日々学んだことや、使っている機材の情報などをU Pしていきます。大人になってから音楽を始めて、ほぼ独学で1から学んでいます。「こんな情報があったらいいのに」というような悩みを解決できるブログを目指しています。

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